ごちうさSS ヤンデレリゼとここあ 3話:『迷愛』

 

本作は、スペシャルコラボレーションSSです。
アイキャッチの素敵なヤンデレ画像は、『酢飯』さんにご提供いただきました。

 

―――――――――――――――

 

 

――天々座家 リゼの部屋――

 

リゼ「…………」キュッ

 

ここあ「りぜちゃん、たいそうふくもった?」

 

リゼ「ああ、玄関に置いてある」

 

ここあ「じゅんびかんりょうだね」

 

リゼ「…………」ナデナデ

 

ここあ「ん……そろそろしゅっぱつ?」

 

リゼ「……そうだな」チラッ

 

リゼ「………………」

 

リゼ「まだ少し早いな……」

 

リゼ「ここあ……抱きしめてもいいか?」

 

ここあ「えへへ、いいよ」ニコッ

 

――ギュッ

 

リゼ「…………」

 

ここあ「りぜちゃん……あったかい?」

 

リゼ「ああ……」

 

ここあ「よかった……いっぱいあっためてあげるね」

 

リゼ「わたしの身体、冷えてるか?」

 

ここあ「そんなことないよ、りぜちゃんもぽかぽか♪」

 

リゼ「そうか……こんなの巻いてても意味無いんだがな」

 

ここあ「かして!」

 

リゼ「んっ……?」シュル

 

ここあ「まふらーもいっしょにあたためてあげる」ギュッ

 

リゼ「ここあ……ふふっ、優しいな、お前は」スリスリ

 

ここあ「どう、あったかい?」

 

リゼ「ああ、ここあのぬくもりだけはちゃんと分かるぞ」

 

ここあ「りぜちゃん……ひとりでだいじょうぶ?」

 

リゼ「心配するな、すぐに帰ってくるから」

 

ここあ「んっ、いってらっしゃい!」

 

リゼ「」ニコッ

 

 

 

―――――――――――――――

 

……。

…………。

………………。

 

 

 

大丈夫。

 

 

 

お前がいてくれるなら。

 

 

 

リゼ「……………………」

 

 

 

この色彩を持たない景色も。

 

 

 

極寒すらも感じられないほど歪んだ体感も。

 

 

 

生きるために味のしない物を口に運ぶ義務も。

 

 

 

もはや苦痛でしかない、お前といる以外の時間も。

 

 

 

ここあの笑顔を見るだけで、全て耐えられる。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

――

――――

――――――

 

 

リゼ「………………」

 

リゼ(やっと終わった……)

 

リゼ(次はラビットハウスか……)

 

リゼ(………………)

 

 

リゼ(……遅いな)イライラ

 

 

シャロ「先輩、お待たせしました」ハァハァ

 

リゼ「シャロ……」

 

シャロ「すいません、ホームルームが長引いて――」

 

リゼ「帰るぞ」

 

シャロ「へっ?あ、は、はい……」

 

リゼ「…………」チッ

 

シャロ(リゼ先輩……いま、舌打ちしたわよね)

 

シャロ「…………」ビクビク

 

リゼ「…………」スタスタ

 

シャロ「せ、先輩……?」

 

リゼ「……なんだ?」

 

シャロ「えと……そ、その……」

 

リゼ「早く言え」

 

シャロ「あぅ……いえ、なんでも……」

 

リゼ「……そうか」

 

リゼ「…………」スタスタ

 

シャロ「あっ、リゼ先輩……!」

 

 

 

リゼ「着いた……またな、シャロ」

 

シャロ「は、はい……いつも自宅まで、すいません」ペコリ

 

リゼ「ああ」

 

シャロ「…………」チラッ

 

リゼ「……?」

 

シャロ「…………」

 

ガチャッ バタン

 

リゼ「……」フゥ

 

リゼ(4時には間に合うか……)

 

千夜「あらリゼちゃん、おかえりなさい」

 

リゼ「!」

 

千夜「いま帰り?」

 

リゼ「千夜か……ただいま」

 

千夜「良かったら少し寄っていかない?試作メニューで良ければサービスするわ」

 

リゼ「いや……いい」

 

千夜「この間のここあちゃんの件、ゆっくり話したいの」

 

リゼ「………………」

 

千夜「リゼちゃん……お願い」

 

リゼ「……悪いけど、今日は急いでるんだ」

 

千夜「待ってリゼちゃん、せめて10分だけでもいいから――」

 

リゼ「……」ダンッ!

 

千夜「……!」ビクッ

 

リゼ「…………」

 

千夜「リゼちゃん……?」

 

リゼ「聞こえないのか……急いでるんだ」

 

千夜「……ごめんなさい」

 

リゼ「……すまない」

 

千夜「ううん……またね」

 

リゼ「ああ……」スタスタ

 

千夜「………………」

 

千夜「……っ」キュッ

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

チノ「………………」ビクビク

 

リゼ「…………」

 

リゼ「……チノ」

 

チノ「っ!は、はい……?」

 

リゼ「服の袖、汚れてるぞ」

 

チノ「あっ……」

 

リゼ「拭いてやるからじっとしてろ」

 

チノ「ありがとうございます、リゼさん……」

 

リゼ「………………」フキフキ

 

チノ(リゼさん、優しいままだ……)

 

チノ(でも、じゃあこの違和感は……)

 

リゼ「よし……」

 

チノ「っ……あの……」

 

リゼ「んっ……?」

 

チノ「――あっ……リゼさん、左手になにか――」スッ

 

 

――ピトッ

 

 

リゼ「――――!」

 

 

チノ「糸クズがくっ付いて――」

 

リゼ「うわぁあっ!!」ドンッ

 

チノ「っ!?」ドタッ

 

チノ「うぅ……リゼ…さん?」

 

リゼ「はぁ……はぁ……!」ブルブル

 

チノ「……!」

 

リゼ「チノ……ごめん、大丈夫か?」

 

チノ「は、はい……リゼさんこそ……」

 

リゼ「っ……すまない」

 

チノ「どうかされたんですか……?」

 

リゼ「なんでもない……気にしないでくれ」

 

リゼ「本当にごめん……」

 

チノ「………………」

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

……。

…………。

………………。

 

 

 

触れられた瞬間に感じたおぞましい感覚は、もはや嫌悪感などという概念を遥かに超えていた。

 

 

 

人間が生理的に受け付けないであろう音、光景、匂いの全てを触覚という刺激に集束されたような、あたかもそんな気さえした。

 

 

 

その意味合いにおける原因は、当然チノではない。

 

 

 

リゼ「…………」

 

 

 

味覚の次に触覚までもが後に続くように、正常を踏み越えてしまっただけだ。

 

 

 

それがなぜあんな感覚だったかまでは、知る由も無いが。

 

 

 

リゼ「…………!」タタタ

 

 

 

だがこの一抹の不安と恐怖は、そんなことについてではない。

 

 

 

そう、わたしにとって『人』と触れ合う触覚の有無など、今や『そんなこと』なのだ。

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

リゼ「ここあ……!」

 

ここあ「りぜちゃん、おかえりなさい!」

 

リゼ「……っ!」ギュッ

 

ここあ「わわっ……りぜちゃん?」

 

リゼ「ここあ……手を」

 

リゼ「――わたしの手を、握ってくれないか?」

 

ここあ「りぜちゃんとあくしゅ?うん、いいよ♪」

 

 

――ギュッ

 

 

リゼ「……!」

 

 

ここあ「おそとさむかったんだね、りぜちゃんの『て』つめたくなってる」ニギニギ

 

リゼ「…………」

 

ここあ「りぜちゃんもにぎりかえして?あくしゅしよう♪」

 

リゼ「…………」

 

ここあ「ふぉぇ?りぜちゃん?」

 

リゼ「良かった……お前の手、あったかい……」

 

リゼ「ここあ……ここあ……」ギュッ

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

リゼ「ふふっ……ここあ……」

 

ここあ「りぜちゃん、またおそとでさみしくなっちゃった?」

 

リゼ「ああ、でももう平気だ」

 

リゼ「ここに帰ってきて……こうしてお前と抱き合っていれば……」

 

リゼ「この嫌な現実を、全て忘れられる」

 

リゼ「ここあ……ずっと一緒だ……」スリスリ

 

ここあ「うん……」ギュッ

 

 

 

大丈夫……。

ここあが、いれば……。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

リゼ「今日は麻婆豆腐、か」

 

ここあ「おいしそう……!」キラキラ

 

リゼ「ここあ、食べられるか?」

 

ここあ「うん、めいどさんがあまくちにしてくれたの」

 

ここあ「……りぜちゃんは?」

 

リゼ「んっ……食べるよ」

 

リゼ「いただきます……」パクッ

 

リゼ「…………」モグモグ

 

ここあ「どう……?」

 

リゼ「……辛いな」

 

ここあ「やっぱり、おいしくない……?」

 

リゼ「ああ、そうだな」

 

ここあ「そっか……」シュン

 

リゼ「でも大丈夫だ、ここあと一緒に食べるだけでまだおいしいと思える」

 

リゼ「だから気にしないでいいぞ」

 

ここあ「うん……」

 

リゼ「嫌な思いさせてごめんな」

 

ここあ「ううん、へいきだよ」

 

リゼ「たくさん食べろよ」ニコッ

 

ここあ「…………」

 

ここあ「りぜちゃん……」

 

リゼ「……」モグモグ

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

味なんか、いらない。

……ここあが、いれば。

 

 

 

――深夜 IN ベッド――

 

リゼ「ふふっ……」スリスリ

 

ここあ「りぜちゃん、またあまえんぼう?」

 

リゼ「ここあ……」ギュッ

 

リゼ「お前は天使だ……」

 

リゼ「わたしには、お前しかいない……」

 

リゼ「わたしが生きていることを実感できるのは……もうお前のそばだけだ」

 

リゼ「しあわせだ……こうしてお前と抱き合っている間がいちばん………」

 

ここあ「うん……わたしもだよ……」ギュッ

 

リゼ「暖かいな……ずっとこのままでいたい……」

 

リゼ「もう明日なんて来なくていい……永遠に……」

 

 

――スッ

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

リゼ「ここあの首は、細いな……」

 

リゼ「少し力を込めたら……簡単に締まりそうだ……」

 

ここあ「…………」

 

リゼ「死んでもお前と一緒にいられるなら……それも悪くないんだけどな……」

 

ここあ「りぜちゃんとふたりで、しぬの……?」

 

リゼ「ああ……でもわたしなんかのためにここあが犠牲になることは無い」

 

リゼ「うそだ……冗談だよ」

 

ここあ「……っ」ギュッ

 

リゼ「ごめん、怖かったな……」ナデナデ

 

ここあ「りぜちゃん、いなくなっちゃいやだよ……?」

 

リゼ「ああ、どこにもいかないぞ」

 

 

 

リゼ「お前がこの世に生きている限り――――どこにも」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

……。

…………。

………………。

 

 

――翌日――

 

 

『配慮』という行為について、人は少し見識を深めるべきではないだろうか。

 

 

ドア一枚で隔たれた現実に戻されることが今のわたしにとってどれほどの苦痛か、千夜ははっきり分かっているだろう。

 

 

ましてや人としての責務や尊厳を放棄することが出来る休日の、それも早朝ときている。

このイライラ指数、常識のある人間ならば察するにあまりある。

 

 

人一倍気遣いが出来る千夜のことだ、恐らく当初は平日の帰り道にそのチャンスを窺っていたに違いない。それならば昨日『偶然』会ったことにも合点がいく。

 

 

しかし、昨日の不躾極まりないわたしの態度からそれは無理だと判断したのだろう。

平日の学校帰りは今となってはもはや地獄から天国への帰路なのだ、寄り道なんてする余裕は無い。

 

 

つまるところ、一見配慮が欠けているかに見えるこの狼藉は、千夜なりに精一杯わたしの気持ちを配慮した上での結論だったのだろう。

 

 

なぜなら千夜には、『見限る』や『見捨てる』などといった諦観は選択肢すら存在しないから。

 

 

千夜は――――あまりに優しいのだ。

 

 

それが薄々察せる故にか、その優しさを億劫としか感じることができない今のわたしの感情を、よりいっそう逆撫でするには十分過ぎるほどの材料だった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

――甘兎庵――

 

 

千夜「リゼちゃん……最近寝不足?」

 

リゼ「……ああ」

 

千夜「ちゃんと寝ないとダメよ、また少し痩せたみたいだし……」

 

リゼ「…………」

 

千夜「そうだわ、昨日言ってた新作メニューでも――」

 

リゼ「千夜、前置きはいいから早く言ってくれ」

 

千夜「…………」

 

千夜「……りぜちゃん?」

 

 

千夜「ここあちゃん、元気?」

 

 

リゼ「……元気だ、昨日もたくさん遊んだ」

 

千夜「そう……」

 

千夜「今でもう2週間近く会ってないわ……近いうちにまた会いに行ってもいい?」

 

リゼ「………………」

 

千夜「ダメ……?ならまた連れてきてもらっても……」

 

リゼ「………………」

 

千夜「……りぜちゃん」

 

リゼ「………………」

 

千夜「ねぇリゼちゃん?この前言ったこと覚えてる?」

 

千夜「もしリゼちゃんがこのままなら、わたしは嫌われても二人のこと引き離すって」

 

千夜「……いまのリゼちゃん、前よりずっと酷くなってるわ」

 

リゼ「…………」

 

千夜「ごめんなさい……もう、これ以上は見過ごせない」

 

千夜「ここあちゃんのことが心配で、胸が張り裂けそうなの……」ブルブル

 

リゼ「…………」

 

千夜「お願いリゼちゃん、ここあちゃんのことはわたしたちに任せて一度病院に行って?」

 

千夜「みんなで付いていくから……」

 

リゼ「…………」

 

千夜「どうにもならないかもしれないけど、でもこのままじゃあ――」

 

リゼ「……千夜、さっきからお前は何を言ってるんだ」

 

千夜「えっ……?」

 

リゼ「どうして怪我でも病気でもないわたしが病院なんかに行かなきゃならない?」

 

千夜「……!」

 

リゼ「ここあを任せろだと?別にお前たちに任せなくても平気だ」

 

リゼ「わたしはここあを、ここあはわたしを必要としてくれてる……お前たちが出る幕じゃない」

 

リゼ「用件はおしまいか?もう帰るぞ」

 

千夜「リゼちゃん……待って!」

 

リゼ「……?」

 

千夜「どうしちゃったのリゼちゃん!ねぇ!」

 

リゼ「うるさい、大声出すな」

 

千夜「この前言ってたわよね、自分が狂ってきてるって……!」

 

リゼ「……あれは、わたしの勘違いだったんだ」

 

リゼ「本当に狂っているのは――――千夜、お前たちのほうだ」

 

千夜「……!?」

 

リゼ「わたしは狂ってなんかいない……ここあがそう言ってくれた」

 

リゼ「ここあは本当のことしか言わない……わたしが原因じゃないのなら、お前たちがおかしいだけだ」

 

千夜「リゼちゃん……」

 

リゼ「帰るぞ、ここあを待たせてるんだ」

 

千夜「リゼちゃん待って!……やっぱり狂ってる、優しいリゼちゃんがこんなこと言うわけないわ!」

 

リゼ「……」ピクッ

 

千夜「わたしの知っているリゼちゃんは現実から目を逸らして殻に籠もったりしない!そんな卑怯者じゃない!」

 

千夜「りぜちゃん……お願い、戻ってきて……」グスッ

 

リゼ「…………」ツカツカ

 

千夜「……?」

 

――グイッ!

 

千夜「!」

 

リゼ「千夜……お前、今なんて言った?」

 

千夜「リゼちゃん……?」ガクガク

 

リゼ「わたしのことを狂ってるって……ここあの言うことが嘘だとでも言いたいのか!?」

 

千夜「きゃっ!」

 

リゼ「ここあの言葉を否定するんだな……!」ググッ

 

千夜「リゼちゃんやめて……苦しい……!」

 

リゼ「そうか、お前はわたしから何もかも奪うつもりか……ちょうどいい、二度とこんな真似ができないようにしてやる!」

 

千夜「うぅっ……ぁ……!」

 

 

ガチャッ

 

シャロ「千夜?リゼ先輩来てるの――――っ!?」

 

シャロ「千夜っ!!?」

 

千夜「シャロ、ちゃん……!」

 

シャロ「っ!」ドンッ

 

リゼ「!」

 

千夜「はぁ……はぁ……!」

 

シャロ「千夜、大丈夫!?しっかりして!」

 

千夜「だい、じょうぶ……平気よ」

 

リゼ「シャロ……」

 

シャロ「リゼ先輩、なにやってるんですか!!」

 

シャロ「一体何があったんです!?どうして千夜にこんなこと――!」

 

リゼ「どけっ」ドンッ

 

シャロ「きゃっ……!」

 

千夜「シャロちゃん……!」

 

リゼ「…………」

 

シャロ「リゼ、先輩……?」ブルブル

 

千夜「……っ」ガクガク

 

リゼ「……もうわたしには金輪際かかわるな」

 

リゼ「迷惑なんだ、わたしはここあさえいれば幸せなんだ」

 

リゼ「お前たちは必要ない」

 

千夜シャロ「……!」

 

リゼ「…………」

 

ガチャッ バタン

 

千夜シャロ「………………」

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

リゼ「……………………」

 

 

 

これで、邪魔が減った。ここあとの時間が守られた。

 

 

 

リゼ「あれ……わたしの家……どっちだったけ」

 

 

 

喜べばいいじゃないか、何も悔やむことは無い。

 

 

 

リゼ「もう夜か……おかしいな、さっきまでは朝だったのに……」

 

リゼ「早く帰らないと……」

 

 

 

ここあを抱きしめれば、全て忘れられるのだから。

 

 

 

リゼ「歩いていれば、そのうち着くだろう……」

 

 

 

平気だ……なんでもないさ。

ここあが、いれば。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

………………。

…………。

……

 

 

あれから何時間、色彩はおろか白さえ存在しない廃れた世界を放浪しただろうか。

 

時はいついかなる時でも無情なのだ。

 

幸福な時間はまるで針が狂ったかのように、刹那の如き早さで過ぎて行くのに。

 

その癖、不幸な時間はまるでこの世が停止したかのように刻一刻と現実を刻み付けてくる。

 

わたしが経験しているこれは、一体どっちなんだろう。

 

 

リゼ「……!」

 

 

永遠に終わりそうに無い無機質世界の徘徊の最後は、意外なまでにあっけなかった。

 

物事の結末というのは得てしてそういうものだ。頭の中で組み立てた木細工や机上の空論を準えて美しく終わるほうが珍しい。

 

この突拍子な結末に安堵して笑うあたり、わたしにとっては『不幸な時間』だったのだろう。

 

 

考えることを放棄しなければ、先ほどの暴挙が矛盾であったことを冷徹に突きつけてくる。

千夜とシャロを捨てて幸福を手に入れたはずが、切り離せない不幸までをも懐に入れてしまったのだから。

 

 

 

『ここあの側に戻れば、全てを放棄できる』

 

決死の覚悟や長考の末の選択などとは程遠い――ただ、助かりたいという気持ちだけで目前のドアを引く。

 

 

チノ「いらっしゃいませ――……!?」

 

チノ「リゼさん……!」

 

リゼ「……チノ」

 

リゼ「……ここあはどこだ?どこにいったんだ?」

 

チノ「ここあさん……?」

 

リゼ「はやくあいつに会わないと……頭がおかしくなる……」

 

チノ「あぅぅ……り、リゼさん、落ち着いてください」

 

チノ「ここはラビットハウスです、ここあさんはリゼさんのおうちですよ」

 

リゼ「ラビットハウス……?」

 

リゼ「………………」

 

チノ「リゼさん……?」

 

リゼ「……ふふっ、あはは……くくっ……!」

 

チノ「……!」

 

リゼ「どうしてとっくに切り捨てたはずのここが……いまになって……」

 

リゼ「わたしはここあがいればいいんじゃなかったのか……」

 

チノ「リゼさん……しっかりしてください!」

 

リゼ「チノ……すまない、家に帰るつもりがどうやら間違えたらしい」

 

チノ「…………」

 

リゼ「もう続けられそうに無いな、ここも」

 

チノ「……!」

 

チノ「ラビットハウス、辞めてしまうんですか……?」

 

リゼ「ああ……どっちみちいつかはお前も邪魔になる……ちょうど良かった」

 

チノ「………………」

 

リゼ「いままでありがとう……じゃあな」

 

チノ「……待ってください!」

 

リゼ「……」

 

チノ「…………っ」

 

リゼ「なんだ……?お前もわたしとここあを引き離すつもりか?」

 

チノ「……リゼさん」

 

 

チノ「――いってらっしゃい」

 

 

リゼ「………!」

 

チノ「また、帰ってきてくださいね」

 

リゼ「……チノ、お前」

 

チノ「いまのリゼさんは、狂ってなんていませんよ」

 

リゼ「――!」

 

チノ「昨日とは違います……元の優しいリゼさんです」

 

リゼ「………………」

 

チノ「リゼさん?」

 

チノ「手……握ってみませんか?」

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

目前に差し出された小さな手は、以前わたしに禍々しいほどの不快感を与えた。

 

 

ここあ以外の存在に温かみを感じることを放棄してしまった感覚とも、かれこれ2週間の付き合いだ。

 

 

この手に触れることで得られるのは、耐え難い絶望のみで決して幸福でないことは火を見るより明らかだった。

 

 

昨日までのわたしであれば、どうしていただろうか。

 

 

何の躊躇いも無く、その手を拒んだだろう。

 

 

無視すればよいのだ。さもなくば、振り払えばよいのだ。

 

 

――本能は――心は――躊躇なく、その手を握ることを選ばせた。

 

 

リゼ「――――!」

 

チノ「……温かいですか?」

 

リゼ「………っ」ギュッ

 

チノ「……いつでも、帰って来てください」

 

チノ「ここあさんのこと、よろしくお願いします」

 

リゼ「……お前も、千夜も、シャロも」

 

リゼ「どうして……わたしのことなんか……」

 

チノ「……それは――」

 

リゼ「……っ!」

 

チノ「あっ……」

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

……。

…………。

………………。

 

 

 

こんなお話しを、知っていますか。

 

とある小さな町で、戦争が起きました。

 

心優しいある青年は、命より大切な家族を守るために。

 

人として大切な、相手を思いやる心を放棄したそうです。

 

戦争は、終わりました。

 

甲斐あって、青年は無事家族を守りきることが出来ました。

 

……しかし。

 

心を失った青年には、もう『大切』な家族などいなかったのです。

 

青年は、大切なものを守るためにそれと等しきものを犠牲にしたことに。

 

全てを失うその時まで、気付けませんでした。

 

気付いた時には、既に遅かったのです。

 

 

 

人の描いた物語に、不躾にも『たられば』の仮定を埋め込むのであれば。

 

もし、全てを失う前に気づいていれば。

 

青年は、幸福にはならずとも。

 

まだ、後悔とはちがう涙を流せたのではないでしょうか。

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

リゼ「……ここあ――ただいま」

 

ここあ「りぜちゃん!おそかったね、しんぱいしたよ」

 

リゼ「ごめん……色々あってな」

 

ここあ「……?」

 

リゼ「……お風呂、入ろうか」

 

ここあ「うん」ニコッ

 

リゼ「……」ヒョイ

 

ここあ「きょうもいちにち、おつかれさま」ギュッ

 

リゼ「ここあ……ありがとう。やさしいな、お前は」スリスリ

 

ここあ「んっ……♪」

 

 

――

――――

――――――

 

――――――――――――――――――――

 

 

ここあ「えいっ、えいっ!」ピコピコ

 

リゼ「………………」

 

ここあ「あっ……りぜちゃん、またけいたいなってるよ?」

 

リゼ「………………」

 

ここあ「りぜちゃん?」クイクイッ

 

リゼ「んっ……?」

 

ここあ「はい」スッ

 

リゼ「メールか……」

 

ここあ「だれから?」ヒョコ

 

リゼ「誰でもいい。……もう、関係ないしな」コトッ

 

ここあ「ふぉぇ?」

 

リゼ「10時か……ここあ、歯磨きしてそろそろ寝るか」

 

ここあ「うん!いっしょにねるっ♪」

 

リゼ「…………」ニコッ

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

――IN ベッド――

 

『ずっと関わるわ、リゼちゃんに嫌いって言われない限り。リゼちゃんのこと大切だから、大好きだから』

 

『どんなことになっても、リゼ先輩のこと必ず元に戻しますから』

 

『リゼさん、しばらくゆっくり休んでください。いつでも帰ってきてくださいね』

 

リゼ「…………」

 

ここあ「ちやちゃんから?」ヒョコ

 

リゼ「……ちがうよ」スッ

 

ここあ「おへんじしなくていいの?」

 

リゼ「ああ、ここあとの時間を割きたくない」

 

ここあ「りぜちゃん、きょうだれかとあった?」

 

リゼ「………………」

 

ここあ「なんだかずっとへんだよ?」

 

リゼ「…………」

 

ここあ「また、いやなこといわれちゃった?」

 

リゼ「……」

 

 

――ギュッ

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

リゼ「……っ」ギュッ

 

ここあ「よしよし……どうしたの?」ナデナデ

 

リゼ「……今日、みんなとお別れしてきたよ」

 

ここあ「……!」

 

リゼ「ラビットハウスも辞めてきた、これでもっとお前と一緒にいられる」

 

リゼ「まだしつこく関わってくるようなら、学校だって――外に出る事だって辞めたっていい」

 

リゼ「これでもう、わたしとここあを邪魔する奴は誰もいない……ずっと、ずっと一緒にいられる」

 

ここあ「……りぜちゃん」

 

リゼ「ここあ……喜んでくれるか?」ジワッ

 

ここあ「!」

 

リゼ「わたしはお前のために、全てを犠牲にしたんだ……」ポロポロ

 

リゼ「親友も、居場所も、思い出も……なにもかもを」

 

リゼ「お前と二人だけになるために……」ポロポロ

 

ここあ「………………」

 

リゼ「だから……ここあも忘れて欲しい」

 

リゼ「チノのことも、千夜のことも、シャロのことも……わたし以外の全てを」

 

リゼ「わたしだけを、永遠に見てくれ……」

 

ここあ「…………」

 

リゼ「おかしいな……こんなに幸せなのにな」ポロポロ

 

リゼ「涙が……止まらない……」ポロポロ

 

ここあ「……」

 

リゼ「ここあ……?」

 

ここあ「……りぜちゃん」

 

 

↓以下の内、お好きな方にお進みください。

 

『おやすみなさい』ナデナデ

 

『――うん

感想

  1. Beyond the Average より:

    千夜が二人を命懸けで(意味深)引き裂くかと思ったら、千夜の思いも届かず、リゼはますますみんなから離れてしまいました。
    リゼは心のどこかで、みんなに手を繋いで欲しかったのではないかと私は思います。本当は千夜やシャロとも手を繋ぎたかった…?
    それにしてもとんでもないところで3話が終わってしまいました。これでは寝れないのでやはり最後まで読もうと思います。

    • 砂水クジラ砂水クジラ より:

      結末をぜひご覧くださいませ。
      トゥルールートでは、リゼちゃんの本心が明かされます。

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