ごちうさSS リゼ「千夜の夢幻散歩」(閲覧注意)

 

 

………………

…………。

……。

 

無償ノ――代価
失ウモノ
失イタクナイモノ
得ラレルモノ
得ラレナカッタモノ
感情 ハ 凪
不確カナ 世界
――救済
白ト黒
100ノ幸福――不幸
99――幸福
50――不幸
1――幸福

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

『大好きだから』

 

 

あるお話し。

 

二人の人間がいました。

 

とっても仲良し。

 

いつでも一緒。

 

でも、二人の前には。

 

絶望。

 

ある日。

 

二人は約束をしてしまいました。

 

一緒に生きることを辞める。

 

そんな、約束。

 

一人は、幸せそうです。

 

しかし、もう一人は。

 

心の奥ではそのことを後悔しています。

 

でも、独りぼっちは怖いから。

 

その子を独りにさせるのも嫌だから。

 

望むようにしてあげたいから。

 

どうしようもなくて。

 

そうなってしまったそうです。

 

 

……。

…………。

………………。

 

 

『嘘』
『嘘』
『嘘』

 

 

――――――

――――

――

 

 

日課である掃き掃除を終えると、ウサギが寄ってきた。

 

撫でようと手を伸ばすと。

 

煙のように消えてしまった。

 

真っ暗な景色。

 

そろそろシャロちゃんが帰ってくるかな。

 

アルバイト、いつも大変そう。

 

学校も大変。

 

わたしは大変なのかな。

 

大変だった気がする。

 

そう、たぶん大変。

 

なにに?

 

生きるのに?

 

毎日、自分なりに必死で。

 

あっ、リゼちゃん。

 

どうしたの?

 

一緒に働いてくれてたっけ。

 

そっか、そうだったの。忘れてたわ。

 

きっと、忘れてた。

 

忘れてたはず。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

クリヨウカン

 

モナカ

 

マラソン

 

フキヤ

 

 

…………。

 

 

学校でも、いつでも一緒。

 

ライバル店、仲良し。

 

アルバイト、また一緒に。

 

幼馴染、家族。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

『海辺のフルート』

 

 

女性の奏でるフルートの音色は。

 

とても綺麗だ。

 

誰もを魅了し。

 

時という概念を壊し。

 

世界の音さえも塗り替える。

 

女性は曲を吹き終えると。

 

唯一の聴者である目の前のわたしに。

 

透き通るような美しい笑みを向け。

 

再び違う曲を奏で始めた。

 

美しい音色だ、ずっと聴いていたいな。

 

だが、それもかなわぬ願いだ。

 

海辺から押し寄せる波の潮は。

 

もうわたしたちの腰にまで到達している。

 

逃げ場はない、もう手遅れだ。

 

でもいいんだ。

 

この音色を聴きながら逝けるなら。

 

最後の曲はなにを聴かせてくれるのだろう。

 

レクイエムならありがたい。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

――AM9:17 病室――

 

 

リゼ「千夜、見てみろ。甘兎庵がまた雑誌で紹介されてたぞ」スッ

 

千夜「………………」

 

リゼ「栗羊羹が絶品だって、看板メニューだもんな」

 

千夜「………………」

 

リゼ「あと、奇抜なメニュー名も特徴のひとつだって。千夜の功績だな」ハハッ

 

千夜「………………」

 

リゼ「このままいけば、甘兎庵が世界進出するのもそう遠くない未来かもしれないぞ」パラパラ

 

千夜「………………」

 

リゼ「朝ごはん、おいしかったか?今日はデザートにリンゴが付いてたんだろう、看護師さんから聞いたぞ」

 

千夜「………………」

 

リゼ「千夜って果物とか好きだったっけ?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「ココアと違って好き嫌い無いもんな、千夜は」

 

千夜「………………」

 

リゼ「今日はこれを持ってきたんだ」スッ

 

千夜「………………着物」

 

リゼ「!」

 

リゼ「ああ!甘兎庵の制服だぞ……!」

 

千夜「………………」

 

リゼ「わたしが間違って着付けてたのを千夜が直してくれたよな、覚えてるか?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「これを着て二人で一緒に働いてさ」シュル

 

リゼ「お揃いで、こうしてモデルガンを構えたりして」

 

千夜「………………」

 

リゼ「食い逃げだ、犯人を逃がすな!って、こんな感じか」ハハッ

 

千夜「………………」ニコ

 

リゼ「……!」

 

リゼ「食い逃げだ!犯人を逃がすな!」ジャキ

 

千夜「………………」ニコ

 

リゼ「……!おもしろいか?千夜?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「わたしから逃げられると思うな!発砲許可!」

 

千夜「………………」ニコ

 

リゼ「そうか……!おもしろいか!」

 

リゼ「千夜も一緒にやらないか?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「ターゲット補足!観念しろ!」

 

千夜「………………」ニコ

 

リゼ「撃て!バーン!」

 

千夜「……ばーん」

 

リゼ「……!ははっ……!」

 

リゼ「上手だな……!もう一回するか」

 

リゼ「撃て!バーン!」

 

千夜「……ばーん」

 

リゼ「上手いぞ……!」

 

リゼ「そのモデルガン、千夜にあげよう」ナデナデ

 

千夜「………………」

 

リゼ「ばーんて、してみないか?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「食い逃げだ!バーン!」

 

千夜「……ばーん」

 

リゼ「外れたぞ!追撃だ!」

 

千夜「………………」ニコ

 

リゼ「……! ……――っ」

 

――ギュッ

 

千夜「………………」

 

リゼ「千夜……おもしろいか?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「そうか……そうか……――……っ」

 

リゼ「良かった……もっとたくさん笑ってくれ……」

 

リゼ「千夜がおもしろいなら、何回だってするから……」

 

千夜「………………」

 

リゼ「もう少しでシャロも来るぞ」

 

千夜「………………」

 

リゼ「今日も地獄の果てまで特訓だ!」

 

千夜「………………」

 

リゼ「これはダメか?難しいな」

 

千夜「………………」

 

リゼ「寝ておくか……?横になっていてもいいぞ」

 

千夜「………………」

 

リゼ「ほら、ゆっくり身体を倒して……」

 

千夜「………………」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『おいしい食べ物』

 

 

臓器が。

 

謎の赤い臓器がいくつも置かれている。

 

これは大変美味しいものだと。

 

誰かが言う。

 

僕はこの臓器が生物から引き抜かれたものだと。

 

そんな至極当たり前なことを想像した。

 

しかし不思議と生々しくはなく。

 

血の一滴すらも零れ落ちない情景。

 

僕はなんのためらいも戸惑いも無く。

 

その臓器を口にしてみたいと思った。

 

おかしいかな。

 

狂っているかな。

 

でもそれは。

 

人が毎日のようにしている行為。

 

牛肉。豚肉。鶏肉。

 

動物性たんぱく質。

 

罪悪感はどこに。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

頭を撫でてくれるリゼちゃんの手が気持ちいい。

 

温かい、眠たくなる。

 

寝てしまおうかな。

 

立ったまま、このまま。

 

リゼちゃんに、もたれかかって。

 

優しいから、きっと抱き留めてくれる。

 

弱音を吐けば。

 

心配して、ギュってしてくれる。

 

 

勘違いされる、嫌われる。

 

仕方がない、わざとそうしてるから。

 

酷いことを言われると辛い。

 

でも役割がある。

 

人にはそれぞれ。

 

千夜はいつも損な役回りだなって。

 

そう言ってくれたっけ、リゼちゃん。

 

嬉しかったわ。

 

とっても。

 

仮面が外れるかと思った。

 

 

理解されない。

 

大丈夫。

 

それでもいい。

 

大事な人が幸せなら。

 

……あれ。

 

リゼちゃん、どこに行ったんだろう。

 

ここ甘兎庵じゃないわ。

 

どこだろう。

 

足元を見てみると、アスファルトの地面に紫色の文字がびっしり描かれている。

 

単語ではなさそう。

 

どこかサイケデリックな風景。

 

両脇の壁には、赤色と青色の縞模様。

 

視線の先には、遥か永遠に続きそうな地平線。

 

歩いて行ってみようかしら。

 

歩いてみよう。

 

あら、ウサギ。

 

迷子なの?

 

よしよし、一緒に行きましょう。

 

飛べるの?

 

すごい、便利ね。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

『凪』

 

 

音のない演奏会。役者のいない芝居。

 

…………。

 

楽器がない演奏会。役者の要らない芝居。

 

…………。

 

人間がいらない演奏会。人間がいない芝居。

 

…………。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

――PM 12:04 病室――

 

 

シャロ「あーん」

 

千夜「…………」モグモグ

 

シャロ「おいしい?」

 

千夜「………………」

 

シャロ「今日の朝はリゼ先輩とどんな話ししたの?」

 

千夜「………………」

 

シャロ「千夜が笑ってたって聞いたわよ、楽しかったのね」

 

千夜「………………」

 

シャロ「あーん……」

 

千夜「…………」モグモグ

 

シャロ「ご飯食べたらお風呂入りに行きましょう」

 

シャロ「今日もリゼ先輩が貸してくれるんですって」

 

千夜「………………」

 

シャロ「あんまり先輩に迷惑かけないようにしないとね、わたしも千夜も」

 

千夜「………………」

 

シャロ「あとこれ、ココアからチョコパンを預かってきたわ」

 

シャロ「チノちゃんからコーヒーも。今飲む?」

 

千夜「………………」

 

シャロ「ちょっと待ってね」トポトポ

 

シャロ「はい、まだ熱いから火傷しないようにね」

 

千夜「………………」

 

シャロ「千夜……飲める?」

 

千夜「………………」

 

千夜「…………」ゴクゴク

 

シャロ「一気に飲んだら熱いでしょ、ゆっくり……」スッ

 

千夜「………………」

 

シャロ「まったく一人だと危なっかしいんだから」

 

千夜「………………」

 

シャロ「千夜……」

 

 

シャロ「――好きよ」

 

 

千夜「…………好き」

 

シャロ「そうよ、千夜のこと好き」

 

千夜「…………」ニコ

 

シャロ「千夜は、わたしのこと好き?」

 

千夜「……好き」

 

シャロ「ありがとう、わたしも千夜のこと大好きだから」ナデナデ

 

千夜「…………」ニコ

 

シャロ「いつも恥ずかしくて言えなくて」

 

千夜「………………」

 

シャロ「………………」

 

シャロ「ねぇ、千夜?」

 

千夜「………………」

 

シャロ「もしわたしが……もっと素直になって、千夜に寄り添ってあげられてたら」

 

シャロ「こんなことには、ならなかったのかな……」

 

千夜「………………」

 

シャロ「ごめんね、湿っぽい話して」ナデナデ

 

千夜「………………」

 

シャロ「前髪綺麗ね、リゼ先輩が切ってくれたの?」

 

千夜「………………」

 

シャロ「ふふ、わたしがやるよりずっと綺麗……」

 

千夜「………………」

 

シャロ「もう夏よ、早いわね」

 

千夜「………………」

 

シャロ「外は暑いから、たくさん食べて力を付けましょう」

 

千夜「………………」

 

シャロ「はい、あーん」

 

千夜「…………」モグモグ

 

シャロ「しっかり噛んで。喉に詰まらせないようにね」

 

千夜「………………」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

『自己満足』
『自己思想』
『クズ』

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『無いものねだり』

 

 

ずっと欲しかった。

 

可愛い可愛い、ぬいぐるみ。

 

みんな持っているから。

 

わたしも欲しかった。

 

アザラシのぬいぐるみ。

 

顔をうずめるとモチモチしてて。

 

抱きしめると温かい。

 

布団を敷いて寝かせておこう。

 

みんなもそうしてるのかな。

 

わたしはこのぬいぐるみを。

 

どこからか拾って来たのだけど。

 

もうわたしはこのぬいぐるみのことが。

 

邪魔になっている。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ウサギが空を飛んでいる。

 

わたしも飛べたらいいのに。

 

そしたらどこにだって行けるのに。

 

どこに行きたいかしら。

 

どこだったかな。

 

どこに。

 

シャロちゃんのところに。

 

お隣り同士なのに?

 

変ね。

 

変だわ。

 

なぜか目の前の道がなくなった。

 

永遠に続いていた地平線が。

 

消えてしまった。

 

後ろを振り返ると。

 

木組みの家と石畳みの街の夜の風景が広がっている。

 

一緒にいたウサギは、どこかに飛んで行ってしまった。

 

自分の場所に帰ったのかな。

 

帰るべき場所が、ちゃんとあったのかな。

 

……わたしにはあるかな。

 

あったら、飛べるかな。

 

寂しい。

 

誰かに会いたい。

 

ココアちゃん、どこにいるの。

 

チノちゃん、また一緒に働きましょう。

 

リゼちゃん、さっきみたいに撫でて。

 

シャロちゃん、側に来て。

 

好き。

 

シャロちゃんの声がした。

 

だから、好きって返してみた。

 

好き。シャロちゃん、わたしも好きよ。

 

右手が、透明になっている。

 

消えちゃうのかな。

 

消えてもいいかもしれない。

 

怖いけど。

 

本当は、消えたくないけど。

 

少し残った身体が薄い半月のように。

 

ぼんやりと見える。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

『優しい怪物』

 

 

僕は怪物。

 

みんなが怖がるからこんな場所でしか生きられない。

 

寂しいな。寂しいな。

 

誰かと笑い合いたいな。

 

大きいから怖がられるのかな。

 

そんな真夜中のある日。

 

僕の住処に少女がやってきました。

 

少女は僕を見て泣いている。

 

違う、僕を見る前から泣いていた。

 

少女は腰を抜かして。

 

最初は怖がっていたけど。

 

僕が頬をスリスリしていると。

 

心を許してくれたのか。

 

少しだけ微笑んでくれた。

 

僕は好意を向けられたことが。

 

嬉しくて。嬉しくて。

 

少女を背中に乗せて。

 

夜空の空中散歩へと連れて行ってあげた。

 

森を飛び越えて。

 

街を、山を飛び越えて。

 

真夏の夜の風が心地よい。

 

少女が笑っている。

 

とってもまぶしい笑顔で。

 

喜んでくれた。泣き止んでくれた。

 

嬉しいな。嬉しいな。

 

もっと笑顔になって。

 

こんな僕でも、誰かを幸せにできる。

 

それが嬉しくて堪らない。

 

住処に帰ると。

 

少女は僕に。

 

泣いていた理由。深夜にこんなところへ来た理由。

 

全てを話してくれた。

 

そして。

 

僕の身体を枕にして。

 

幸せそうに眠ってしまった。

 

僕は、大きな身体で少女を包み込んで子守り歌を謳う。

 

薄幸の少女。幸薄い可哀そうな少女。

 

僕には、少女の運命を変えてあげることが出来ない。

 

化け物だから。人間じゃないから。

 

きっと翌朝になれば。

 

少女はまた、再び絶望へと還るのだろう。

 

僕はこの子を、幸せにしてあげることはできない。

 

泣いた。たくさん泣いた。

 

悔しくて。何もできない自分が惨めで。

 

生まれて初めて、誰かのために泣いた。

 

怪物の僕を受け入れてくれた、世界でたった一人の少女。

 

幸せにできない、運命も変えられない。

 

だから僕は。

 

この子を、救ってあげることにした。

 

カブ。

 

カブカブ、ムシャムシャ。

 

悲鳴がなかった。良かった。

 

カブカブ、ムシャムシャ。

 

涙が溢れて止まらない。

 

カブカブ、ムシャムシャ。

 

いつもはおいしいと感じる肉も、味なんて分からない。

 

カブカブ、ムシャムシャ。

 

ごめんね。

 

ごめんね。

 

無力で、ごめん。

 

怪物でごめん。

 

ああ、神様。

 

どうして僕は、人間では無いのです。

 

他にこの少女を、救う手立てを持てないのです。

 

ああ、神様。

 

恵まれない短い人生をおくったこの少女に。

 

せめて天国で、大いなるご慈悲を。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

――病院外――

 

 

リゼ「千夜、暑くないか?」

 

千夜「………………」

 

シャロ「足元気を付けて、転ばないようにね」

 

千夜「………………」

 

リゼ「よっと」ポスッ

 

シャロ「帽子ですか?」

 

リゼ「ああ、千夜に似合うと思ってな」ポンッ

 

シャロ「リゼ先輩……ありがとうございます」

 

千夜「………………」

 

シャロ「これで紫外線も大丈夫ね、千夜」

 

千夜「………………」

 

リゼ「日射病で倒れたりしたら大変だもんな」

 

千夜「………………」

 

シャロ「こっちよ、歩ける?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「あ、信号だ。一旦止まるぞ」

 

千夜「………………」

 

シャロ「もうすこしでつくわよ、この信号を越えたらすぐ」

 

リゼ「何回も来てるからもう知ってるよな」

 

千夜「………………」

 

シャロ「青になったわ、いきましょう」

 

リゼ「先に連絡して湧かしてある、着いたらすぐに入ろう」

 

千夜「………………」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『無情』
『愛情』
『嘘』
『嘘』
『嘘』

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『目覚まし』

 

 

設定していたアラームが鳴り響く。

 

おかしいな。

 

止めたのに、鳴りやまない。

 

ジリジリジリジリジリ。

 

うるさい。

 

携帯の電源を落とした。

 

まだ鳴っている。

 

おかしいな。

 

どうしてだろう。

 

ふと気づいた。

 

おかしいのは携帯じゃない。

 

僕の耳。

 

僕の頭なんだってことに。

 

ジリジリジリジリジリ。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

足が消えちゃった。

 

もう歩けない。

 

どうしよう、みんなのところに帰らないといけないのに。

 

……雨?

 

雨まで降りだした。

 

風邪ひいちゃうかな。

 

でもどうしてかしら。

 

この雨、冷たくないわ。

 

温かい。

 

気持ちいい。

 

このままずっと、この雨にうたれてもいいかもしれない。

 

………………。

 

こうしていると、何か思い出せそうな気がする。

 

大切なこと。

 

忘れていること。

 

思い出したいこと。

 

忘れたかったこと。

 

思い出したくないこと。

 

なにもかも、全て。

 

あら、ウサギさん。

 

戻ってきたの?

 

大丈夫、わたしは一人で帰れるから。

 

気にしないで、先に帰って。

 

ウサギさんは飛べるでしょう。

 

わたしと違って。

 

んっ……頭、撫でてくれるの?

 

嬉しいわ、ありがとう。

 

目、瞑ってもいい?

 

大丈夫、すぐに開けるわ。

 

一分だけ。

 

ほんの、一分だけだから。

 

雨、気持ちいい。

 

このままずっと、降らないかしら。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

『逆さまの蝶々』

 

 

蝶が逆さまになっている。

 

クモに捕まってしまったのだろう。

 

あの蝶はこの先の短い命を。

 

逃れられない運命の微かな灯を。

 

どんな風にして生きるのだろうか。

 

わたしはその蝶の運命を狂わせたくて。

 

逆さまになった蝶を解放してあげることにした。

 

でもおかしいことに。

 

その蝶に絡みついているであろう、クモの糸が見つからない。

 

すると蝶が言った。

 

囚われているのはあなたの方でしょう。

 

逆さまのわたし。

 

反転した世界。

 

わずかな命。

 

蝶がわたしを見て哀れんでいるのが。

 

なんとなく分かった。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

――天々座家 バスルーム――

 

 

リゼ「千夜、気持ちいいか?」ワシャワシャ

 

千夜「………………」

 

シャロ「いつもお風呂お借りしてしまってすいません」

 

リゼ「気にするな、せめてこれくらいでも役に立てるなら嬉しい」

 

千夜「………………」

 

シャロ「千夜、目瞑れる?」

 

千夜「………………」スッ

 

シャロ「顔洗って頭流すから、少しそのままでいてね」

 

リゼ「温度これくらいで平気か?熱くないか?」ザァー

 

千夜「………………」

 

シャロ「目、開けちゃダメよ」

 

千夜「………………」

 

リゼ「体重、減ってないといいけどな」

 

シャロ「たぶん大丈夫です」

 

千夜「………………」

 

リゼ「よし……」

 

シャロ「もう開けても平気よ」

 

千夜「………………」パチッ

 

シャロ「今日もリゼ先輩が洗ってくれたわよ」

 

千夜「………………」

 

リゼ「あとは少しだけ湯船につかろう」

 

千夜「………………」

 

シャロ「千夜……立てる?」

 

千夜「………………」スッ

 

シャロ「ほら、一緒に入りましょう」

 

千夜「………………」

 

リゼ「ちゃんと肩までつかろうな」ナデナデ

 

千夜「………………」

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

『小さなカエル』

 

 

雨の日。

 

通りの溝は、まるで深い川になっている。

 

流れが強くて濁流だ。

 

なんとなく眺めていると。

 

小さなカエルが流れてきたので。

 

助けるために、わたしはとっさに手を伸ばした。

 

腕が濁流にのまれて。

 

それでもカエルを離すまいと握りしめたけど。

 

それが逆に、カエルの運命を終わらせてしまっていたことに。

 

腕を引き上げるまで、わたしは知る由も無かった。

 

 

 

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『自分勝手な愛』           
『一方的な愛』
『愛されているという妄想』
『鏡を見ない己自身』
『醜い自分』
『対照的に美しい相手』

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

雨が止んだ。

 

ウサギさん、またどこかに行っちゃったのかな。

 

眼を開けると、さっきとは違う場所にいた。

 

ここ、シャロちゃんのお部屋。

 

良かった、お部屋の中。

 

安心する。

 

誰かに会えるかな。

 

ベッドの上。

 

シャロちゃんのベッド。

 

見つかったら怒られそう。

 

歩けるかな。

 

足が戻ってる。

 

良かった、歩ける。

 

どこにいこう。

 

あんまり遠くにいくとまた迷子になっちゃう。

 

なら、どこにも行かない。

 

ベッドに戻ろう。

 

シャロちゃん、ごめんね。

 

寝ててもいい?

 

少し疲れちゃった。

 

何に?

 

こうしていることに。

 

わたしであることに。

 

ここで休ませて。

 

また、歩くから。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

『傍観者の気持ち』

 

 

少年が崖の上にいる。

 

落下してくる、飛び降りたのだ。

 

僕はそれを見ていた。

 

先程の少年は。

 

惨たらしく血を流しており。

 

見るからに、もう手遅れだ。

 

だが僕は。

 

不思議に怖いとは思わなかった。

 

罪悪感も無かった。

 

日常の景色を見るように。

 

自然にその惨状を眺めている。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

――PM7:22 病室――

 

 

千夜「………………」

 

リゼ「千夜、晩ごはん美味しかったか?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「残さず食べたんだって、偉いな」ナデナデ

 

千夜「………………」

 

リゼ「面会終了まであと1時間半か……ずっと側にいられたらいいんだけど」

 

千夜「………………」

 

リゼ「一人は寂しいよな」ナデナデ

 

千夜「………………」

 

――スッ

 

リゼ「んっ……?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「添い寝か?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「そうか、わかった」バサッ

 

リゼ「おっ……意外とあったかいな」

 

千夜「………………」ニコ

 

リゼ「嬉しいのか、千夜……わたしも嬉しいぞ」

 

千夜「………………」ギュッ

 

リゼ「!」

 

千夜「………………」

 

リゼ「千夜……?」

 

千夜「………………」

 

リゼ「ギュってしてくれるのか……そうか……」

 

千夜「………………」

 

リゼ「…………」グスッ

 

千夜「………………」

 

リゼ「優しいな……変わってないな……千夜は」

 

千夜「………………」

 

リゼ「ぅ……っ……」ポロポロ

 

千夜「………………」

 

リゼ「千夜……っ」ギュッ

 

千夜「………………」ニコ

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

『知っている世界』

 

 

暗くて深い、森のような場所。

 

見渡す限りの闇。

 

闇。

 

大きな世界。

 

無限に広がる黒の風景。

 

すごく暗くて空が無い。

 

わたしは知っている。

 

この場所を知っている。

 

ここは知っている世界だ。

 

わたしはこの場所に数えきれないほど訪れている。

 

ああ、そうだ。

 

ここは瞼の裏の世界。

 

眼を閉じれば現れるもう一つの世界。

 

人は時には、この場所に少しでも長くいることを望み。

 

時には、恐ろしいほど畏怖する。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

シニタイッテオモッタコトナサソウ?

 

………………。

 

そんなことない。

 

何度も思ったことある。

 

でもお婆ちゃんがいたから。お母さんもいたから。

 

アンコもいたから。シャロちゃんもいたから。

 

周りに恵まれていたから。

 

 

イジワル?

 

………………。

 

例え冗談でも、嫌われ役がいないと。

 

嫌われてもいい。

 

みんな笑顔ならそれで。

 

 

ナニモカンガエテナサソウ?

 

………………。

 

考えてる。

 

いっぱい、いっぱい。

 

考えすぎて落ち込んだこと。

 

数えきれないほどある。

 

………………。

 

わたしは、誰と話してるんだろう。

 

誰と。

 

見えない人と。

 

自分なのかな。

 

分からない。

 

リゼちゃんて体温高いのね。

 

ずっとこのままがいい。

 

……シャロちゃん。

 

いまね、お話ししてたの。

 

ううん、リゼちゃんとじゃなくて。

 

誰か知らない人と。

 

シャロちゃんもギュッてしてくれるの?

 

ありがとう、わたしもギュッてするわ。

 

ねぇ?リゼちゃん。シャロちゃん。

 

眠れば朝って来るのかな。

 

全然来ないの。

 

ずっとずっと。

 

明日も掃き掃除してみるわ。

 

そしたら来るかもしれないから。

 

来たらみんなでどこかに行きましょう。

 

そう、どこかに。

 

ここ以外の、どこか。

 

眩しいって感じられるかな。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『猫の声』

 

 

黒い猫がうずくまっている。

 

駆け寄ると。

 

猫は弱々しく哀しげな。

 

そして優しい声で。

 

「会えて良かった」

 

と繰り返し呟いた。

 

その猫の声が。

 

とても哀れで。

 

聞いているだけで辛くて。

 

わたしは胸がいっぱいになる。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

自己愛。
自己愛。
自分勝手な愛憎。
妄想。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

シャロ「千夜……時間だから、そろそろ帰るわね」

 

千夜「………………」

 

シャロ「またすぐに来るから待ってて」

 

千夜「………………」

 

リゼ「明日もいっぱい話そうな」ナデナデ

 

千夜「………………」

 

シャロ「千夜、大好きよ」

 

千夜「……好き」

 

シャロ「そう、千夜のこと一番好き」ギュッ

 

千夜「………………」ニコ

 

シャロ「ほんとはずっと一緒にいてあげたい……」

 

千夜「………………」

 

シャロ「…………」ギュッ

 

千夜「…………寂しい」

 

シャロ「……!」

 

リゼ「千夜…………――っ……」

 

千夜「………………」

 

シャロ「……」グスッ

 

リゼ「シャロ……行こう」

 

シャロ「待ってください、先輩」

 

シャロ「……もうちょっと」

 

 

――ポタッ……

 

 

リゼ「!」

 

シャロ「あともうちょっとだけでも……!」ポロポロ

 

リゼ「……そうだな、ごめん」

 

千夜「………………」

 

リゼ「一秒でも長く側にいてあげよう」

 

リゼ「寂しい時間は少ない方がいい……なっ、千夜?」

 

千夜「………………」

 

シャロ「っ……!」ギュッ

 

千夜「………………」

 

リゼ「…………」ナデナデ

 

千夜「………………」ニコ

 

 

――END

感想

  1. Beyond the Average より:

    (過去によく理解できていないまま感想を投稿したことがあるので、2回目の挑戦です。)
    L.S.Dのプレイ映像を見た後だからこそ、今回はこのお話の構成についていけたと思います。床に広がっている文字、暗いどこまでも続く空間、そして途中で挟まっている短い文章…。
    私はお話の真意にまだたどり着けていません。ただ、このお話が夢日記だと言われても今なら驚きません。
     さて、いつかまた読む自分のために現時点での考察を挙げておきます。
     まず、千夜は文字通り意識不明になるまで、夢日記を使っていました。現在の千夜は病院で入院(静養?)しており、本人の触覚と痛覚は機能しています。しかし意識が現実と夢をさまよっているので、現実で感じている触感が千夜(意識)には違うものとして認識されているようです。(シャワー→温かい雨 が例。)
     問題なのはなぜ千夜が夢日記を使ったのかです。冒頭の『大好きだから』の短編が関係している気がするのですが、その前の 無償の対価、失うもの、得られなかったもの、、などが何を意味しているのかを考える必要もありそうです。失うものが千夜の意識だとして(夢の中で意識が存在しているので正確には失っていない。)、得られたものは孤独で自由な世界?
     得られるものが何かあるから千夜は夢日記を使ったはずなのですが、得られたもの…? 私にはわかりません。無いように思われます。
     何回読んでも難しい、でももう一度読もうと挑戦したくなるお話でした。

    • 砂水クジラ砂水クジラ より:

      誰もが理解できずにスルーしたであろうこの作品の考察をされるBeyondさんの挑戦心には毎度ながら感服いたします。
      まずは丁寧なご考察、ありがとうございます。

      本編の内容についてですが、まず千夜ちゃんは夢日記をしていたわけではありません。
      辛い現実に耐えられなくなり、統合失調症に陥っています。
      現実で感じる五感が意識の中では全く異なるものとして認識されており、このあいまいさがまるで夢日記のように見えるというだけです。
      リゼちゃんやシャロちゃんが深層心理に届くような言葉を投げかけたり、行動を起こしてあげると千夜ちゃんは笑います。
      これは意識は蚊帳の外でも、感覚の方はまだ以前と同じように残っているということを表しています。
      ですのでご飯は食べられますし、手を引いてあげれば歩くこともできます。
      感覚は現実で意識は妄想の中、というところでしょうか。
      合間合間で挟まれる意味不明な詩は、意識と感覚がずれている千夜ちゃんが見た夢の内容です。

      千夜ちゃんがなぜこんな風になってしまったのか、その原因はあえて明確には描写していません。
      冒頭の3つの言葉ですが、
      無償の対価=人に合わせること
      失うもの=心
      得られなかったもの=幸せ
      ということですね。
      周りのために自分に無理をしすぎて疲れてしまった、ということを仄めかしています。

      以上のことを理解したうえでもう一度読んでいただければまた違う楽しみ方ができると思います。
      読めば読むほど違う考察ができる作品ですので、またお楽しみいただけたら幸いです。

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