ごちうさSS ここあ「リゼちゃんの狂気日記」追憶ノ一(閲覧注意)

 

 

本作は、『ヤンデレリゼとここあ』シリーズ本編でオミットしたものを再構成したものです。

ヤンデレリゼとここあ』を最後までお読みの上、拝読ください。

 

……………………

………………

…………

……

 

 

……

 

 

…………

 

 

……あれは

 

 

 

 

……闇

 

 

闇、闇闇、闇闇闇

 

 

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇やみやみやみやみやみやみ

 

 

 

――

――――

――――――

 

 

―――――――――――――――――

『●』

 

 

リゼ「っ……!」ググッ

 

ここあ「いだっ…りぜちゃんやめて……!」ポロポロ

 

リゼ「また……勝手にわたしのそばから……!」

 

ここあ「いたいよぉ!」

 

リゼ「うるさいっ!!」パシン!

 

ここあ「ひゃぅ!」

 

 

 

 

リゼ「お前はわたしのことが嫌いなんだろう!」ギリッ

 

ここあ「ちがう、ちがうよ……!」ポロポロ

 

リゼ「だからチノのところにいったんだろう!」

 

ここあ「ちがう!りぜちゃんのことだいすきだもん!」

 

リゼ「嘘を付け!」パシン!

 

ここあ「うぇっうえぇええ……!」ポロポロ

 

リゼ「正直に言わないか!!

 

 

 

 

リゼ「……本当は……嫌いなんだろう……」グスッ

 

ここあ「……!」

 

リゼ「ここあは、わたしのことが……」ジワッ

 

 

――ポタッ

 

 

リゼ「いやだ……」

 

リゼ「わたしの側から…いなくならないで……」ポロポロ

 

リゼ「ずっと……そばにいてくれ……っ」

 

リゼ「ここあ……っ!」ギュッ

 

ここあ「りぜちゃん……っ」グスッ

 

 

 

 

ここあ「んっ……」ゴシゴシ

 

ここあ「りぜちゃん……だいじょうぶだよ……」

 

ここあ「わたしは、いなくならないから……」

 

ここあ「ずっと、りぜちゃんといっしょにいるよ……」

 

ここあ「だから、なかないで……?」

 

リゼ「ここあ……」

 

ここあ「よしよし……こわかったね」

 

ここあ「あんしんして……」

 

ここあ「りぜちゃんのこと、だいすきだから……」ナデナデ

 

 

 

 

リゼ「……っ」ギュッ

 

ここあ「ごめんね……」

 

リゼ「…………」ポロポロ

 

ここあ「ごめんなさい……」

 

リゼ「……っ!」ポロポロ

 

 

 

……やめて、くれ。

 

 

 

お前は、何も悪くない……。

 

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

――スッ……

 

 

 

依存……

 

終わりのない――依存

 

終わることのない――依存

 

依存……依存……――

 

 

 

 

 

――

――――

――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『〇』

 

――AM8:00――

 

 

……朝、か。

 

 

人間の『慣れ』、というものはつくづく恐ろしい。

動悸を激しくさせながらベッドから飛び起きていた頃が、今でも遠い昔のようだ。

 

 

自分というまぎれもない証である手のひらを見つめ、ホッと肩をなで下ろす。

 

 

良かった。

 

 

どうやらこれは、『現実』らしい。

 

 

………………。

もう何度目になるだろうか。

あの悪夢を見るのは。

 

 

記憶というものは、例えどれほどの月日が流れようとも完全に消えることは無い。

あまつさえ『トラウマ』というものは律儀なことに、持つ者の生活を絶えず見つめ、牙を立てる機会を常に伺っている。

人間の就寝時、寝込みというものは格好の餌食なのだろう。

 

 

一度十字架を背負ってしまった人間は、生涯を全うするまで永遠にそれと向き合わなければならない。

わたしの場合、その原因が他でもない自業だったのだから皮肉な話だ。

 

 

リゼ「……いい天気だな、今日も」

 

 

悪夢、か。

有り体に言えば頻繁に見るこの悔恨の過去は、苦痛ではあるが実は悪夢という訳ではないのだ。

 

 

リゼ「……元気にしてるかな、今日も」

 

 

かつて同じ『現実』を生きていたあの子の顔を……少しでも思い浮かべられる。

 

違う現実にいる皆の顔を……鮮明に思い出すことができる。

 

白い空間、虚無、正常な世界。

 

 

わたしは、今日も生きている。

 

 

今はまだ、みんなとは違う、無機質な現実を。

 

 

 

――

――――

――――――

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

『〇』

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

深い眠りから覚めると、最初に飛び込んできたの眼が眩むほどの光だった。

――まぶしい。

『朝』だ。

一生続くと思っていた昨日までの暗闇は、塗り替えられたらしい。

 

おもむろに上体を起こす。

白と黒の景観に、誰かが立っていた。

 

わたしの元へと近づいてくる。

一歩、また一歩と。

 

 

「ここがどこか、分かりますか?」

 

 

子供に諭すような優しい声色。黒いネクタイに白いスーツ。

こちらを見つめるその表情には、幾分の憐れみとわずかな畏怖の念を抱いているのが見て取れた。

 

 

周囲を見回す。

純白の空間、消毒液の匂い……――――あの子が、いない。

それから数秒の沈黙のち、なんとか言葉を紡いだ。

 

 

「病院……か」

 

 

毒気を抜かれたわたしの言葉に、呆気にとられたのだろうか。

それとも、想像していた返答とはあまりに似つかない狂人の答えに、思わず感情が抜け落ちてしまったのか。

 

しばしの間わたしの顔をじっと見つめていた男は、足りない言葉を模索するように口を開こうとしては、なにかを言い淀んだ。

まるで触れてはいけない禁忌の箱を、もしくは繊細な飴細工を扱うかのように、わたしがなにより知りたいであろう『彼女』の以後を、どう伝えるべきなのか。そんなところか。

 

 

こちらから確信に触れるべきなのか、少し躊躇った。

だが、わたしはもう既に悟っていたのだ。

 

 

――その名を聞いても、もはや発狂してすがりつく気狂いすらも自分の中に残っていないと。

 

 

「――ここあは?」

 

 

突然の不意打ちに、男の双眸が大きく見開いた。

隣にいる純白の衣を纏った人物と顔を見合わせ、二人でわたしの心の根底にある深淵を訝しげに凝視する。

 

わたしは、どんな顔をしていたのだろう。

朧げな心情に虚ろな眼差しを携え、瞳に諦観でも滲ませていたのか。

 

純白の衣が隣で頷くと、スーツの男は意を決したかのように重い口を開いた。

 

 

「無事ですよ。……ご安心ください」

 

 

「……そうか」

 

 

その事実さえわかれば、十分だ。

他にもう、何も望んだりしない。

 

 

「良かった……」

 

 

「……お嬢」

 

 

「ははっ……よかった…………」

 

 

わたしは、たぶん泣いていたのだろう。

 

それは悲しさから、安堵から、背反する二つの感情からにじみ出てくるようなとても不思議な感覚だった。

 

 

良かった……?

 

 

お前を失ったのに。

 

 

おかしいな……。

 

 

でも、まぎれもないわたしの本心だ。

 

 

「……いまは何も考えず、どうかおやすみください」

 

 

その言葉……。

最後にあいつも、言ってたっけ。

 

 

ふと抗えない脱力感に襲われ、糸が切れた操り人形のようにベッドへと倒れこむ。

そのままわたしの意識は、徐々に深い眠りへと誘われた。

 

 

こんなに心が落ち着くのは、いつ以来だろう。

 

 

………………。

 

 

これでもう、お前を傷つけなくて済む。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『●』

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

リゼ「ただいま」ガチャッ

 

リゼ「あれ……?」

 

リゼ「ここあ……?」

 

リゼ「……………………」

 

リゼ「」チラッ

 

 

PM4:29

 

 

リゼ「…………」

 

リゼ「……遊びに行ったのか」

 

リゼ「…………」

 

リゼ(せっかく、急いで帰って来たのに……)

 

リゼ「…………」

 

 

 

――1時間後――

 

 

リゼ「………………」

 

リゼ(……遅いな)

 

リゼ「………………」

 

リゼ(課題、済まさないと……)

 

リゼ「………………」

 

 

ガチャッ

 

 

ここあ「りぜちゃん、ただいま!」

 

リゼ「…………」

 

ここあ「リゼちゃん?」

 

リゼ「…………」

 

ここあ「りぜちゃん、ただいま?帰ってきたよ?」グイッ

 

リゼ「!」ハッ

 

リゼ「ここあ……おかえり」

 

ここあ「ただいま!りーぜちゃん♪」ギュッ

 

リゼ「ふふっ」ヒョイ

 

リゼ「だれかのところに行ってたのか?」

 

ここあ「うん!しゃろちゃんのところ!」

 

リゼ「今日はバイト休みだったんだな」

 

ここあ「あしたのあしたがまたおやすみなんだって」

 

リゼ「そっか。なにして遊んでたんだ?」

 

ここあ「ん~……ないしょ!」

 

リゼ「……!」

 

ここあ「しゃろちゃんとのひみつなの」シーッ

 

リゼ「……………………」

 

ここあ「りぜちゃん?」

 

リゼ「……そうか」

 

ここあ「?」

 

リゼ「晩御飯、食べようか」ニコッ

 

ここあ「うん!」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

……………………。

 

 

 

今にして思えば。

 

 

あの頃から既に、芽生え始めていたのかもしれない。

 

 

わたしの中の……狂った感情が。

 

 

――狂気が。

 

 

ただ、愛情という隠れ蓑で覆い隠されていただけで。

 

 

そのカタチが変わってしまうのは、むしろ必然だったのか。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

リゼ「ただいま」ガチャッ

 

リゼ「…………?」

 

リゼ「ここあ?」

 

リゼ「……………………」

 

リゼ(いない……また遊びに行ったのか)

 

リゼ「……お絵描きしてたのか」

 

リゼ(これ……千夜かな)

 

リゼ「……………………」

 

リゼ「……」ペラッ

 

リゼ「…………」

 

 

 

――PM6:42――

 

 

リゼ「………………」

 

ガチャッ

 

ここあ「りぜちゃん、ただいま~!」

 

リゼ「……おかえり、ここあ」

 

ここあ「おそくなってごめんね」

 

リゼ「千夜と遊んでたのか?」

 

ここあ「うん、いっしょに『おかいもの』いったんだよ」

 

リゼ「……そうか」

 

ここあ「ばんごはんもいっしょにつくったんだ、おむらいす!」

 

リゼ「晩御飯……食べてきたのか」

 

ここあ「こんど、りぜちゃんもいっしょにつくろうね」

 

リゼ「………………」

 

リゼ「……ここあ」

 

リゼ「お絵描き帳、遊びに行く前にちゃんと片づけないとダメだろ」

 

リゼ「机の上に置きっぱなしになってたぞ」

 

ここあ「あれ、りぜちゃんにみせるのわすれないようにおいてたんだよ?」

 

リゼ「それでも直すって約束だろ」

 

ここあ「うぅ……ごめんなさい」

 

リゼ「分かればいい、これからは直そうな」

 

ここあ「うん……」

 

リゼ「わたしもご飯を食べてくるか」

 

ここあ「あっ、まってりぜちゃん、きょうかいたのみて!」

 

ここあ「これね、ちやちゃんだよ、ほらっ」パラッ

 

リゼ「片づける時に見たから知ってるよ」

 

ここあ「ぁ……」

 

リゼ「少し待っててくれ、終わったらお風呂に入ろう」

 

ここあ「…………」

 

ここあ「」シュン

 

リゼ「あっ……ご、ごめん、ここあ」

 

リゼ「上手に描けてるな、色も綺麗に塗れてるし」

 

リゼ「これはアンコか、可愛いな」

 

ここあ「……うん」

 

リゼ「そうだ、後でなにか一緒に描かないか?」

 

ここあ「りぜちゃんとおえかき……?」

 

リゼ「ああ、ここあの描きたいものを描こう」

 

ここあ「……!うん!」ニコッ

 

リゼ「」ホッ

 

リゼ「………………」

 

ここあ「りぜちゃん?」

 

リゼ「……ここあ」

 

リゼ「デザートだけでも食べないか……?一人じゃ寂しくてな」

 

ここあ「わかった、いっしょにたべよっ♪」

 

リゼ「ありがとう」ヒョイ

 

ここあ「だいにんぐまでしゅっぱーつ」

 

リゼ「……」ギュッ

 

リゼ「ここあ…………」

 

リゼ「………………」

 

リゼ「…………」

 

リゼ「……」

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

――

――――

――――――

 

 

……どうして、あんな態度を取ってしまったんだろう。

 

 

ここあを悲しませたかった……?

 

 

あいつに嫌な思いをさせたかった……?

 

 

好きなのに……?

 

 

大切なのに……?

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

ここあ「ここはぴんくで~ここはむらさき♪」カキカキ

 

リゼ「はみ出さないようにな」

 

ここあ「うん!」

 

リゼ(二人で寝ころびながらお絵描き……幸せだ)

 

ここあ「りぜちゃん、ここの『せん』かいて?」

 

リゼ「ああ、任せろ」

 

ここあ「あとね、ここにわいるどぎーすも」

 

リゼ「この辺だな」カキカキ

 

ここあ「あっ、ぴんくいろおれちゃった……」

 

リゼ「削ってやる、貸してみろ」

 

リゼ「よっ……」スッ

 

ここあ「あ、りぜちゃんすわっちゃだめ」

 

リゼ「少し待ってくれ。ゴミ箱は……あった」

 

リゼ「このナイフでいけるか」

 

リゼ「…………」シャッシャッ

 

――ポスッ

 

リゼ「んっ?」

 

ここあ「りぜちゃんのひざまくら」ニヘラ

 

リゼ「こら、いまは危ないだろ」

 

ここあ「いいの~」ギュッ

 

リゼ「甘えんぼうめ」ナデナデ

 

ここあ「えへへ//

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

――PM10:22――

 

 

ここあ「すぅ…………」Zzz

 

リゼ「…………」ナデナデ

 

ここあ「ん………すぅ……」Zzz

 

リゼ「…………」ナデナデ

 

リゼ「ここあ……」ギュッ

 

リゼ「…………」スリスリ

 

ここあ「ふぉぇ……」Zzz

 

             

 

――――――――――――――――――

 

――――――

――――

――

 

 

翌日、学校から帰宅するとまたここあの姿が無かった。

 

時計を見やると4時7分、また遊びにでも出かけたのだろう。

 

昨日といい、一昨日といい。

暇を持て余したゆえに、突発的な衝動に駆られたのだろうと自分の中で折り合いをつけていたが。

3日も続くところを見ると、どうやらここあが出かけているのは自発的なものらしい。

 

 

リゼ「……………………」

 

 

なんだろう、ふつふつと湧き出てくるこのやり場のない憤りは。

 

 

昨夜も変わらず、わたしはここあと触れ合い心を交わした。

お絵描きをしながらも、たわいもない話をしてじゃれあっては笑顔を咲かせた。

就寝の際も、布団に入るといつもわたしのぬくもりを求めるかのように擦り寄っては甘えてくる。

わたしもそれを受け入れ、互いの幸せを噛みしめ確かめ合う。

 

そんな満たされた毎日を、日常を、枚挙に暇が無いほど一緒に重ねてきた。

 

 

……なのに。

 

 

自発的な行動であれば、恐らく昨日から。

いや、計画があったなら3日前から既に今日出かけることを予定していたのだろう。

 

それならば、なぜわたしにその旨を伝えるなり事前に断っておく程度の忖度ができないのか。

まだ幼いから、純真無垢だからと言ってしまえばそれまでだが。

 

しかし、わたしもそこまで朴念仁ではない。

ここあがその程度の気づかいが出来ないような常識に欠けているとは思えない。

 

乱暴な言い方ではあるが、あの子は年端のいかない年齢ながらも人の目や評価を人一倍気にするきらいがある。

むろんそれは見栄や八方美人などの保身からくるものではなく、みんなに嫌われたくないというある種の強迫観念からだろうが。

 

その辺を考慮すれば、やはりわたしに対して一言も無しというのにはどうしても疑問が生じる。

 

ここあはわたしになんでも話してくれるし、わたしに心配をかけまいと普段から細かいところまで気を配ってくれている。

 

自分がいなければわたしが悲しむことも理解しているはずなのに、どうして……。

 

 

リゼ「……………………」

 

 

絶え間なく浮き出てくる腑に落ちない疑問はやがて焦燥感へと変わり――それが不安に変わってしまうのにそれほどの時間は要しなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

不安は、2時間が経過するころには、既に『懐疑心』へとその姿を変えていた。

 

あれこれ思案しているうちに行き付いた、どうしても否定することができない、ひとつの推論。

 

 

ここあが、わたしを意図的に避けているという、万が一の可能性。

 

 

……考えたくない、それは。

 

でも、なぜだろう。

 

皮肉なことに、そう考えると全ての疑問が腑に落ち、辻褄も合ってしまう。

 

わたしの帰宅する頃合いを見計らって故意にみんなの元へと行けば、遊びに行ったという体裁で少なくとも6時ごろまではわたしと一切顔を合わせずに済む。

 

遊びに行く旨をあえて伝えなかったのも、そういった気持ちの表れだとしたら?

 

リゼ「……秘密」

 

『しゃろちゃんとのひみつなの』

 

2日前のここあの言葉が脳裏をよぎる。

 

秘密……何の秘密なんだろう。

 

悩み?相談?わたしじゃなくシャロに?

 

わたしじゃ役に立てないから?

 

それとも、わたしに言えないことだから?

 

ここあが、わたしに言えないこと。

 

 

昨日は、確か千夜のところだった。

 

シャロと共有するだけでは、その『秘密』は問題消化できなかったのか。

 

だから翌日に千夜のところへ。二人で考えるよりも三人、そうして解決策を練ってなにかの光明の兆しをこっそり探しているのか。

 

被害妄想に近しい邪推を頭から破棄しようにも、『万が一の可能性』がより一層現実味を帯びたせいで、もはや自分では止めることができない。

 

憶測にも関わらず、それが全て紛うこと無き真実のような、そんな気さえしてくる。

 

 

ここあが……本当は、わたしのことを嫌っている。

 

 

好きだなんて口ではなんとでもいえる。

 

もし今までの積み重ねが、全てわたしの一方的なものだったとしたら。

 

人一倍相手の気持ちを配慮できるここあが、一人ぼっちで悲しいわたしに慈悲をかけてくれていたとしたら……。

 

自分の気持ちを押し殺してまで、無理に受け入れてくれていたとしたら……?

 

リゼ「っ……」

 

否定したいのに、否定できない。

 

ここあは、そんな奴じゃない。あの子に、そんな裏表なんてあるはずがない。

 

分かっているのに。信じているのに。

 

 

……もう辞めよう、これ以上考えても悪化の一途を辿るだけだ。

 

 

重い腰をベッドから起こし、課題を済ませるべく勉強机の前へと腰を掛ける。

とは言ったものの、当然装いだけで肝心のペンは一向に進まない。

 

教科書や参考書が大きさ順に整頓されている本棚、その一番右端の可愛らしいスケッチブックをおもむろに引っ張り出す。

 

ここあのお絵描き帳。無地で味気なかった表紙は買った初日にたちまちカラーリングを施され、今ではウサギやネコ、ワイルドギースの絵などがところ狭しと描かれている。

わざわざ二人でシール用紙を買ってきて、絵を描いてから張り付けたんだっけ。懐かしいな。

 

感慨にふけって最初のページから1ページ、また1ページと読み漁る。

改めて覗くここあの描いた世界は、様々だった。ステッキを持った魔法使いらしき女の子、アンコ、ティッピー、親父、使用人、チノ、千夜、シャロ……自分が触れたもの、感じたこと、大切なもの、気持ち、日々の想いを絵というカタチで絶えずここにしたためてきたのだろう。好きなものを好きなだけ、目一杯描きこんでいるのが見てわかる。

 

中でも嬉しかったのが、70ページ以上埋められたお絵描き帳の半分以上にわたしが描かれていたこと。表紙のシールに描いてあげたここあとわたしの絵をどことなく模写しているようだし、恐らく至る所にあちこち描かれている似顔絵は『わたし』とみて間違いなさそうだ。

 

一緒にお絵描きをしている時も毎回描いてくれていたような気がするが、こんなにたくさんとは。

一人でお留守番をしているときも、わたしのことを思い浮かべながらこの白いページに鉛筆をはしらせてくれていたのだろうか。そう考えると自然と笑みがこぼれた。

 

 

だが、見た記憶に新しいページで、ふと手が止まる。相関関係であるかのように、先ほどまでの微笑みも顔から消えていた。

 

 

大きなスケッチブックに、大きく描かれている千夜。

丁寧に色鉛筆で細かく色分けされた着物、髪飾り、肌。子供の絵であれどここまで描くにはゆうに1時間はくだらなかっただろう。

少なくともわたしが見ている限りでは、ここあは大切なものを描く際に時間と手間は全く惜しんでいる様子はない。故にお絵描きに誘われた際は、わたしもだいたい1時間半を見積もっている。

 

「……………………」

 

この絵を描いているとき、あの子は無地だったページに何を想い、どう向き合っていたのだろうか。

心を弾ませ、時間の経過を待ち望み、千夜と会える瞬間の高揚をこの絵に描き表していたのかもしれない。

その間、きっとわたしは蚊帳の外。わたしが学校でここあと会えるのを心待ちにしていた時、あの子は全く別の、千夜を想い、わたしの存在など頭からスッポリ抜け落ちていた

のか……。

 

 

「っ……」

 

にわかに心の奥に痛みが走る。

その原因はどんな鈍感な人間にだって察しがつく、自分のことであればなおさらだ。

鏡を見てみたいが、ちっぽけな自尊心がそれを許さない。

 

きっといまわたしは、苦虫をかみ殺したような顔になっているに違いない。

でも、到底認めたくなかった。

 

 

わたしがずっと想っている間……同じようにわたしを想ってくれていなかったのかもしれないここあに、理不尽極まりない恨みを抱いているなんて。

 

千夜に……大切な親友に、ドス黒い嫉妬の感情を向けているなんて。

 

 

自分という人間が、そこまで醜いものだなんて。

 

目を逸らすことのできない事実から逃げ出すさながら、咄嗟に次のページをめくる。

 

仲良く寄り添うわたしとここあの絵。

わたしが形を描き、ここあが色を塗り、二人で描いた、二人の絵。

 

ここあに抱きつかれている色鉛筆のわたしが、真っ黒な今のわたしを見つめていた。

鏡を見ずとも、鏡合わせになる。

心を見透かされているような、不快感。

 

 

昨日わたしがここあと描いたこの絵は……何を意味していた。

 

 

……塗りつぶしたかった?

 

 

千夜の絵を、ここあの、気持ちを。

 

 

絵の中だけでも、わたしだけのものにするために?

 

 

わたしだけを、見てもらうために?

 

 

……絵の中だけ?

 

 

――絵の中までも。

 

 

――全てを、奪い去る。

 

 

――奪い去りたい。

 

 

――ここあの、気持ちを。

 

 

ここあの笑顔のためじゃなく……自分のために。

あいつの気持ちを、ダマシタ……?

 

ここあを優しく抱く綺麗なわたしが、歪んだ肉細工のわたしを完膚なきまで責めたてる。

 

見つめ合っているうちに、手に持っていたスケッチブックが、力なく崩れ落ちた。

 

 

――

――――

――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

――PM6:40 リゼの部屋――

 

 

ここあ「ただいま!」ガチャッ

 

リゼ「………………」

 

ここあ「りぜちゃん、かえってきたよ!」

 

リゼ「………………」

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

リゼ「………………」

 

ここあ「りぜちゃん、りぜちゃん?」クイックイッ

 

リゼ「……ここあ」

 

ここあ「ただいま、えへへ♪」

 

リゼ「……おかえり」

 

ここあ「おそくなってごめんね、しゃろちゃんとあそんでたの」

 

リゼ「シャロと……そうか」

 

ここあ「?」

 

リゼ「楽しかったか?」

 

ここあ「うん!」

 

リゼ「………………」

 

ここあ「りぜちゃん……あのね……」

 

リゼ「……?」

 

 

ここあ「――はい」スッ

 

 

リゼ「……これは?」

 

ここあ「はーぶくっきー、しゃろちゃんとつくったの」

 

リゼ「クッキー……」

 

ここあ「きのう『あまうさあん』であるばいとして、ちやちゃんにざいりょうかってもらったんだよ」

 

ここあ「りぜちゃんに、さぷらいずぷれぜんと!」

 

リゼ「!」

 

ここあ「ないしょにしててごめんね」

 

リゼ「………………」

 

ここあ「おどろいた?びっくりした?」ワクワク

 

 

リゼ「………………」

 

リゼ「…………」

 

リゼ「……」

 

リゼ「」

 

 

ここあ「……?りぜちゃん?」

 

 

リゼ「……!」ハッ

 

リゼ「あ……ありがとう、ここあ!わざわざわたしのために作ってくれたんだな」

 

リゼ「とってもおいしそうだ。ちゃんとアルバイトまでして、偉いぞ」ナデナデ

 

ここあ「ぁ……!」パアァ

 

リゼ「サプライズ大成功だ、嬉しいよ……」ギュッ

 

ここあ「よかった。りぜちゃん、よろこんでくれた//」ニヘラ

 

リゼ「わたしなんかのために……ありがとうな、ここあ」スリスリ

 

ここあ「うん//

 

リゼ「まずは手を洗ってこようか、ここあも一緒に食べよう」

 

ここあ「ふぉぇ、いいの?りぜちゃんにつくったんだよ?」

 

リゼ「ああ、ここあと一緒がいい」ヒョイ

 

ここあ「ほんと!じゃあ、たべる!」ニコッ

 

リゼ「……っ」ギュッ

 

ここあ「わわっ……りぜちゃん?」

 

リゼ「……………………」

 

リゼ「…………」

 

リゼ「……」

 

リゼ「」

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

――PM1107 ダイニング――

 

 

透明なコップに注がれた水を、おもむろに飲み干す。

 

味気の無い感触が喉を潤し、勢いよく体内へと流れ込んだ。

 

透明な水道水は、その透き通った美しい色とは裏腹に不純物を多く含んでいるらしい。

 

キッチンには常備ウォーターサーバーが設置されており、いつでも比較的不純物を含まない純水を飲むことが出来る。

並ぶように置かれたコーヒーベンダーのほうは、わたしとここあを除いて大人しかいないこの家では圧倒的な人気だ。

故にわざわざ洗い場の蛇口をひねり、水道水を汲むことなどまず無いと言っていい。

 

しかし、今は故意にでも不純物を身体に取り込みたい気分だった。

感傷的な気分に浸りたいわけではない、ただ、純水は恐らく受け付けられない。

 

 

リゼ「………………」

 

 

あの時、わたしは何を思ったのだろう。

 

わたしの反応を心待ちに目を輝かせるここあを見て、いったい何を考えたのか。

 

たとえ刹那でも……その黒い感情は確かに芽生えていた。

 

言い訳などできない。取り繕うにもその術がない。あんな衝動に駆られた自分が許せなかった。

憎くて、醜くて、どうしようもなかった。

己自身を甘く許すなどという器用な思考回路は、あいにく持ち合わせていない。

 

 

リゼ「…………っ」

 

 

頭を抱える。両手で顔を覆う、というほうが正しい。

 

わたしの邪推は当然のことながら、杞憂に終わった。

 

ここあはただわたしの笑顔のために、自発的な行動を秘密にしているに過ぎなかった。

 

あの子は、わたしの喜ぶ顔が見たかった……本当にただ、それだけのことだったのだろう。

 

わたしはただその事実に驚き、安堵し、そして感謝し、その思いやりを受け止める。

これだけのことだ。コロンブスの卵が如く、実に簡単な原理だ。

はからずとも常人であれば、あの笑顔と気持ちを前にこうならない方がおかしい。

 

これで2度目……つくづく、最低だった。もはや人間ですらない。

ガラス細工の器に、不純物を飲み込んだ、歪んだ不純物であるわたしが――映る。

 

認めたくなかった。見たくなかった。

 

ここあの笑顔を曇らせようとした……あの子の気持ちを無下にしようとした、そんな自分がいたなんて。

 

 

どうして、こんな風に思ってしまう。

 

好きなのに。

 

大切なのに。

 

 

リゼ「……………………」

 

 

破滅願望。幸福の二律背反。人の潜在的な欲望が持つ矛盾が、現実味を帯びて襲い掛かってくる。

ここへやってきたのも、あの子の――ここあの側にいると、もう耐え難い自責に駆られてしまうから。

 

所詮はわたしも人間だった。矛盾だらけだ。

 

……自分を罵るだけ罵ったら、部屋に戻ろう。

あの子の側にいてもいい、少しでもそう思えたら、あの居場所へと帰ろう。

 

 

その日から、なにかがわたしを見つめていた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

3度目の正直は、世迷言だった。

 

翌日、またここあはいない。

 

 

リゼ「……………………」

 

 

はからずとも胸にはしる嫌悪感。自然と腕に力が加わる。

 

サプライズは、終わったはずだ。

 

わたしは取り繕いながらも笑顔でそれを受け取った、この一連は昨日で幕を閉じた。

 

なら、今日はわたしのためではなく、自分自身の欲求のために出かけたのか。

わたしと会うことなんかよりも、ここあにとって『優先すべき欲求』を満たすために。

 

 

スタンドミラーに映る自分の姿が、痛々しいほど惨めに思えた。

 

 

身勝手極まりないことは承知の上だが、それでもなお求めてしまうのが人間だ。期待するのが人の性だ。

 

 

……ここあ。

 

 

――わたしと会うことを、なによりも心待ちにしてくれないのか?

 

 

わたしは、こんなにお前を求めているのに……。

 

 

学校にいる間も、ずっとお前のことを考えていたのに……。

 

 

独りよがりなのか……?

 

 

わたしの、独り相撲か……?

 

 

……どうして、一方通行なんだ。

 

 

どうして、わたしのことを見てくれない。

 

 

リゼ「…………っ」

 

 

気が付けば、衝動的に足元にあったクズカゴを蹴飛ばしていた。

 

物理法則に従い、倒れたクズカゴの中に詰まっていたゴミが辺りに散乱する。

 

せっかく昨夜、ここあと掃除したのに。一体なにをしているんだろう。

 

両腕が、痛い。

無意識に固められた両拳が、奥底に封じ込めた感情を決壊寸前へと追いやっていった……。

 

 

――

――――

――――――

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

ここあ「ただいま~!」ガチャッ

 

リゼ「………………」

 

ここあ「りぜちゃん、ただいま!」

 

リゼ「………………」

 

ここあ「……?」

 

リゼ「……ここあ」

 

ここあ「きょうはね、『あまうさあん』にいってたの」

 

リゼ「………………」

 

ここあ「りぜちゃん!て、だして?」

 

リゼ「……手?」

 

ここあ「――はい」スッ

 

 

綺麗な赤い包装が施された小箱が、わたしの右手へと添えられた。

 

 

ここあ「ぷりんたると。しゃろちゃんとちやちゃんといっしょにつくったんだよ♪」

 

リゼ「………………」

 

 

 

これは……なんだ。

 

 

 

ここあ「りぜちゃんのぶんと、わたしのぶんがはいってるの」

 

 

これは……なんなんだ。

 

 

ここあ「ばんごはんのあとに、ふたりでたべようね」

 

 

嬉しい……――憎い。

 

 

ここあ「りぜちゃんと、たべさせあいっこするの//」ニヘラ

 

 

嬉しい――憎い――嬉しい――憎い嬉しい憎い嬉しい憎い嬉しい憎い嬉しい憎い嬉しい憎い嬉しい憎い嬉しい憎い嬉しい憎い嬉しい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

 

 

ここあ「●×※□〇△―――――」

 

 

ここあの声が――聞こえない。

 

 

 

感情が――壊れる。

 

 

 

ここあ「……?りぜちゃん?」

 

 

リゼ「――なんだろう……」ギリッ

 

 

ここあ「ふぉぇ?」

 

 

リゼ「わたしのことが……嫌いなんだろうっ!!!!」バシッ!

 

 

ここあ「きゃ……っ!!」

 

 

ここあからのプレゼントが……わたしの手から、力いっぱい放たれて。

 

目がけたここあの頭に、直撃した。

 

 

リゼ「嫌いなら嫌いだとはっきり言えっ!!こんなもので、誤魔化すなっ!!!!

 

 

ここあ「……!」

 

 

力なく尻もちを付いたここあが、怒鳴り狂うわたしを、見上げている。

小さな肩が震え、先ほどまでの笑顔はおろか、表情からは一切の色が消えていた。

 

天真爛漫で感情豊かなここあがこんな顔をできるなんて、にわかに信じられなかった。

ここあもまた、目の前に起こった現実が……なんの前振れもなく自身に振り注いだ厄災が、信じられなかったのだろう。

受け入れまいと……受け入れたくないと、バイオレットの瞳が、輝きを潜めてわたしを捉えていた。

 

我に返り、自分の起こしてしまった悲劇が認識できた頃には、もうなにもかもが手遅れだった。

 

 

ここあ「ひっく……うぇえっええぇん!!」ポロポロ

 

 

ここあが。

わたしの大切な、ここあが。

わたしのせいで、泣いてしまった。

泣かせてしまった。

 

たったの数秒で……わたしは、かけがえのないここあとの『幸せな時間』を、『気持ち』を、ここあとの関係を、全て砕いてしまった。

決して取り戻すことなど出来ないのに。それを、分かっていながら……。

 

 

リゼ「ここあ……っ!」ギュッ

 

 

抱きしめるしか、なかった。

何を言っていいのかさえわからない。どうしてこんなことをしてしまったのか、頭では理解できていながら、それを言葉にすることさえ。

言葉にしてしまえば、もはや――否、言葉にせずとも、わたしは既に狂人だった。

 

 

リゼ「ここあ……ごめんな……ごめん…ごめん…ごめん……っ!」ポロポロ

 

 

他に言葉が見つからない、勝手に涙が溢れる。

 

ここあ「りぜぢゃん……ごめ゛んなざい……っ!」ポロポロ

 

 

嗚咽を押し殺した涙声で、ここあは言葉を紡いだ。

 

どうして……お前が謝るんだ。

お前は何も悪くない、何もしてない。

 

 

リゼ「ここあ……わたし……っ!ごめん……ごめん……!」ポロポロ

 

 

返す言葉もないまま、壊れたトーキング人形のようにひたすら謝罪を繰り返すことしかできない。いたたまれずに右肩にあったここあの頭を胸元に引き寄せる。襟首に赤黒い何かが付着した。

 

 

リゼ「ここあ……!うぅ…っく……っ!」ポロポロ

 

 

血だった。額の右側から流れ出た血液が、ここあのか細い首筋までもを辿り、直線状に頬を真っ赤に濡らしていた。

 

わたしが……ここあを、傷つけた。怪我をさせた。暴力を振るった。

 

湿った舌先で、ここあの可愛い顔を真っ赤に染めた血液を舐めとっていく。

首筋から頬に、そして額に、ここあの体から溢れ出てしまった生命のしるしを一滴も余すことなく。

根源である額の外傷に、痛くないようにゆっくりと吸い付く。ここあの額に、唇を重ねる形。

血特有の鉄に似た独特な味が、口の中に広がった。

 

処置を終え、身体を少し離してここあと向き合う。

両肩に置いた手から、まだ微かな震えが伝わってきた。互いの瞳に互いを映す、相対的な鏡合わせ。

 

 

自己嫌悪にまみれたわたしの情けない泣き顔を見たここあは、またぶり返すように泣きじゃくり、縋りついてくる。

 

 

ここあ「りぜちゃん……っ!」ギュッ

 

どうしてあげることもできない。

ここあが一体、何をしたというんだ。

この子はまだ幼い。きっと昨日のクッキーを受け取ったわたしの笑顔が嬉しくてたまらなかったのだろう。

だからもっと喜んでもらえるよう、また内緒でお菓子を贈ろうと考えたのだ。

 

それをわたしは、怒鳴るどころか無下にして、壊して――あろうことか、傷つけてしまった。心も、身体さえも。

 

この子の行動原理の結果は、常に相手に委ねられている。

喜んでもらいたいというただ純粋な願いは、ここあ自身がどれだけ努力をしようとも最後は相手によって実り、もしくは枯れてしまうのだ。

ただひたすら実ることを疑わずに信じてきたここあにとって、わたしの行動は正に青天の霹靂だったのだろう。

 

悪意などを全く知らないゆえに、無垢で尊い。

でもその純白は、ほんのわずかな黒い悪意を混ぜただけで、たちまち白ではなくなり、ただのグレーになってしまう。

そんな危うい均等に気付かぬまま、わたしはただ己の感情に従い、ここあを――穢してしまった。

 

そんな壊れたガラス細工のような痛みを癒すためには、ただ自分の出来得る愛情表現の全てをふるってこの子を包んであげるしかない。

それ以上の術を人間は持ち合わせてなどいない。

 

ここあの心の痛みを、涙を拭うためになら、わたしは全てを投げうっても――

 

 

ここあ「――泣かないで……」ポロポロ

 

 

 

――――!

 

 

 

ここあ「ごめんね……大丈夫だよ……。だからもう、泣かないで……?リゼちゃん……」グスッ

 

 

 

ここ…あ……?

 

 

……なにを……言ってるんだ。

 

 

……まさか。

 

 

お前が……泣いているのは……。

 

 

……その涙は――

 

 

 

ここあ「りぜちゃんはわるくないよ……ごめんね、ごめんね……っ」ギュッ

                   

 

                                                  

――…………。

 

わたしの頭は、もはや真っ白になっていた。

 

思いやりのある人間……?

優しい人……?

温かい心……?

 

そんなものは全て、人間という生き物が汚れた世の中で勝手に祀り上げただけのただの妄信に過ぎなかったのだ。

 

人間は、不純だから人間である。

純粋な人間など、この世にはいない。

純粋に見えるのなら、それはその相手が何かを潜めていることに他ならない。

 

なにかの小説で耳にした先人の言葉。それをずっと信じてきた。

しかし、今のわたしには分かる……分かって、しまった。

 

それすらも、人の無知が生み出した惨めな戯言に他ならないと。

 

それを何の疑いもなく信じていたわたし自身も、その一人であったことを。

 

 

わたしは、知ってしまったのだ。

 

 

本当の、慈愛を。

優しい、という言葉の真理を。

『純粋』な、人間を。

 

――人間?

 

違う。もしかしたら、ここあは人間ではないのかもしれない。

 

――天使。

 

空想ではない、偶像でも虚像でもない人の形を司った――天使。

 

この子との邂逅は、いかなるものであったか。

突如として唯一無二の親友を失い、この子は忽然とわたしの前へと現れた。

そして……いつしかこの子は、わたしにとってかけがえのない存在になっていた。

 

消えた親友が帰ってこないことを嘆く哀情以上に、失わずに済んだことを安堵し、慶ぶほどにまで。

 

この子は……ここあは、天使なのかもしれない。

 

世間的に見れば裕福であろうわたしの、幼いころからポッカリと空いていた心の隙間。

愛情や幸福ではなく、同じ時間を、ただ同じように共有できる、家族。

永遠に満たされないはずだった、諦観に満ちた願い。

 

そんなわたしを哀れに思った万物の創造主が。

 

 

――この子を、授けてくれた。

 

都合の良すぎる解釈。自愛をこじらせた故の妄想。

構わない、それでもいい。もはやその程度のことなどわたしにとって関係ない。

 

今なら、はっきりと分かる。

 

わたしは、この子が側から離れてしまったら――狂う。

この子がいなくなってしまったら――もう、生きることすらもかなわない。

 

天使。わたしの天使……そう、ここあは天使なんだ。

 

だから、わたしを許してくれる。こんな穢れた心を持つ人間にすら、慈悲をかけてくれる。

例え、黒い悪意を幾度となくぶつけたとしても。

この子が、純白の天使が、黒色に染まることは決して無いのだ。

 

故に、尊い。

その尊さゆえに、側にいるもの、見るもの、全てを無自覚に傷つける。

無邪気で残酷な天使。それは慈悲の欠片もない悪魔にも等しい。

過ぎたる光が、闇と等価であるように。

 

 

リゼ「ここあ……」スッ

 

ここあ「……?」

 

おもむろに、身体を離す。

 

誰だ……この子を、泣かせたのは。

わたしの天使を、傷つけたのは。

許さない。ここあを傷つけるものは。この子を、傷つけたものは、絶対に。

 

例えここあが許しても、わたしが――絶対。

 

 

リゼ「…………っ!」ガンッガンッ!

 

 

ここあ「……っ!?」

 

 

わたしは、ここあをいじめたわたしを。

 

――頭を、何度も、何度も、壁に打ち付けた。

 

 

ここあ「りぜちゃん……!?りぜちゃんっ!!」

 

 

ここあと同じ怪我。

こんなものでは済まない、この憤りは。

 

リゼ「……」ガンッ!ガンッ!

 

ここあ「やめてぇ!りぜちゃんっ!いやぁああ!」

 

――天使の慈悲に免じて、その日。それ以上の自傷は留まった。

その日から、わたしが、わたしを見つめていた……。

 

 

 

――

――――

――――――

 

 

 

↓ 

ヤンデレリゼとここあ 1話:『偏愛』

続編の『追憶の二』へ―ー

感想

  1. 名有 より:

    偶にありますよね、自分が本当に誰かに必要とされているのか。自分は本当に誰かに好かれているのか。 大事な人がいるならば尚更不安になって。
    リゼちゃんが求めるのは大切な人と一緒にいられること。
    ここあちゃんが求めるのは大切な人を驚かせることで、もっと喜んで貰いたいと思うこと。
    だからこそこんなすれ違いが起こってしまうのだと思っています(ちゃんと読んでいれば誰にでもわかることだと思いますが)
    二人はとても仲良しではあるけれど、実はお互いのことを本当はあまり良く分かってはいないのでは…?(二人ともまだ未熟な子供なのでそれはしょうがないことではあると思いますが)
    今回も執筆お疲れ様でした。 次回も楽しみにしています♪

    • 砂水クジラ砂水クジラ より:

      『ヤンデレリゼとここあ』の補完的な本作ですが、テーマは本編の方がヤンデレ寄りとするならば、本作は完全に狂気をテーマに執筆させて頂きました。
      リゼちゃんの愛情は、いったいどこまで狂ってしまうのでしょう。
      ここあちゃんを天使と妄信するあたり、もはやすれ違いを超越した狂気ですね。
      注)あまり深く入り込みますと頭が変になってくる可能性も十分にございますので、名有りさんのようにお楽しみいただくのが精神衛生上一番かと思います。
      ご感想ありがとうございます、受け入れて頂けるかどうか内心ヒヤヒヤしておりました;

タイトルとURLをコピーしました